◇ 九州焼き物紀行2014・・・平成26年11月24日:記

母の日のプレゼントの『選べるとっておきの宿 一泊旅行』チケットということで、
“雲仙観光ホテル”を選び、せっかくの九州なのでもう一泊して焼き物めぐりをしてきました。
おかげさまで(と言うべきか・・・(-"-) )仕事がら行ってない県はありませんが、旅行となると新幹線に乗る気分も
また違った味わいのような~。一流のホテルに泊まらせてもらって、好きな焼き物を見て・・・。 
熟年の旅行ともなると若い人達のように「気分はルンルン~」とまではいきませんが、何かしらまた新しい発見が
あれば・・・と、頭の中を空っぽにしてスタートしました。 隣ではもうすでに寝息が・・・。(やっぱり旅行は女友達と
行くのが一番だね~(^_-) ) 相変わらずの下手なスナップですが少しでも感動が伝われば・・・と、
ピックアップしてみました。(伝わらないかも (-_-;)・・・)

島原→雲仙→伊万里市大川内山→嬉野(宿泊のみ)→名護屋城・呼子→唐津



~島原~
『島原の乱』で有名な島原市は雲仙の東側にあって
武家屋敷が残っています。
寛政4(1792)年の「島原大変」の地殻変動による
伏流水が街のあちらこちらで湧水している
水の都だそうで、左の写真の水路にも
美しい水が流れていました。

生活の様子がうかがえます・・・
江戸時代にタイムスリップ 左後方には雲仙普賢岳、右は島原城。
逆光の中で、なんとか・・・
両方入ってくれました。






~雲仙~
雲仙地獄の紅葉です
四方すべてが山の中なので、それはそれは
日暮れの早いこと・・・
我ながらいいアングルかと\(^o^)/
けっこう広い遊歩道ですが、
とにもかくにも硫黄のにおいのものすごいこと。
しばらくゆで卵は敬遠かも・・・(>_<)
でも足元は暖かかったです。



これがかの有名な
『雲仙観光ホテル』です!!
昭和10(1935)年開業の歴史的遺産
のクラシックホテルで、スイスシャレー
風の近代名建築の一つだそうです。
平成15年に
国の有形文化財に登録され
外国からも評価されているとのこと。
電飾がシンプルで・・・
道路のこちらから写したかったのですが、ついつい・・・
車に引かれそうになりながら
なんとか(^^♪
「またこけるで~」と誰かの声。
「分かってる~」
本当に懲りない私・・・(^_-)
二度と来ることが無いかも・・・と
暗いのに(^^)v

昼間は暖かかったのに、さすがは
山の中、かなり冷え込んで
いました。
お腹もすいてきて・・・
「ああ寒い!!」


玄関ロビーに飾られていたクリスマスツリー
バラの花だけです・・・
重厚な雰囲気のレストランでディナーを・・・
天井には扇風機が回っています。



お皿の色が印象に残りました。 「小さなお愉しみ」
グリッシーニとカナッペ
「雲仙きのこと牛蒡を詰めた
島原名水地鶏と、秋の果実と
ビーツと4種チーズのソース」



「紅マスの炙りをのせた黒米と里芋
のリゾットケーキ、レモングラスの
ブイヨンを注いで」
「車海老と五島産烏賊のフラン
雲仙キノコと干し貝柱の潮ソース」
一服の清涼・「シャーベット」



「特選和牛のじっくりローストと
島原高原の旬野菜ベルシーソースと
小浜の温泉スパイスソルトを添えて」
 メインは四択なのですが、2000円も追加した
のにこれだけ?・・・(@_@;)
大人の料理は『良より質』なのです!!
「頬が落ちそう」とはまさにこういうことなのか・・・
「デザートコレクション」
ついつい欲張ってしまって・・・
どのお菓子も上品な甘さでした。(*^_^*)


そして、お部屋にはウイリア・ムモリスのかべがみと、浴室には猫足の付いたバスタブがありました。
「ウイリアム・モリス って誰や?」「イギリスの工芸家やん。コッツウォルズのバイブリーを、イングランドで一番
美しいところ って言った人や。うちのホームこたつのカバーはウイリアム・モリスやで~。」「へぇ~」
二人の会話です・・・




~普賢岳~
雲仙普賢岳ですが、崩れた跡が生々しく。
右少し後ろの平成新山には煙が出ていました。
仁田峠にて。
もう13、4年になりますね~
前の年には前兆があったようですが、
人間というのは『のど元過ぎれば~』で、すぐに
忘れてしまうもの。その教訓が生かされて
いれば、この前の御嶽山の時も
被害が少なかったのでは・・・(-"-)





~伊万里市大川内山~
江戸時代初期、佐賀鍋島藩の御用釜が伊万里
大川内山のおかれ、宮中や将軍家への献上品
や大名への贈答品として、約200年間 厳しい管理のもとで高品質の陶磁器が作られました。
鍋島藩窯坂です。
この坂の両脇に約30件ほどの窯元がお店を
出しています。



鍋島藩窯橋
右後方には無縁の陶工達のお墓があり、
その奥の山の高台には
 藩窯以前に渡来した高麗人の
お墓があります。
(やはり、ポジャギつながりかなぁ・・・)
伊万里を代表する有名な壺です。
もっと大きく撮ればよかったと、
今さらのように反省しております。
(-"-)
パンフレットにはよく載ってますが・・・



左写真の川の土手の白いものです。
絵付けの陶板が
埋め込まれています・・・




藩窯公園ににあるトンバイ橋と
陶工の家です。
何しろ山の中なもので、日が沈むのが
とにかくはやいのです。
看板も何もかもが
陶磁器です。



藩窯公園展望台から見た『秘窯の里』です。
制作技法が他へ漏れないように、こんな厳しい地形の
大川内山に藩窯をつくったのですね。
陶工達は藩から給料をもらっていましたが、高い技術が
求められ、技術が劣るものは容赦なく解雇され
描かれる絵柄や失敗製品の廃棄まで
管理されていたそうです。
この献上品は『鍋島』と呼ばれ、世界の至宝として
妥協を許さない精緻な作風から
近世陶磁器の最高峰とされています。
平成15年には国の史跡にも指定され、歴史的・文化的
遺産としても認められたそうです。
トイレの壁にも・・・
この赤絵の色合いが何とも・・・
(*^_^*)


展望台にある大壁画。
陶片とトンバイで登り窯を表現。
「トンバイ」とは
窯を作るレンガのことです・・・。
この壁画の拡大部分

日暮れが早くあまり時間がなかったのですが、何となく胸に残るものが・・・(^_^)





~名護屋城と呼子~

秀吉の朝鮮出兵のための
かの有名な『名護屋城』です。
ドラマを見ておられる方は記憶に新しいかと。
本丸跡には
東郷平八郎の
「名護屋城址」碑が。
秀吉が黒田官兵衛に命じて
短期間で造らせたそうですが、
もともとあった城を改造した
とのことです。
城の総面積は17万㎡。



特別史跡に指定されています。
これもポジャギつながりか~???(^_-)
この高いところから海の向こうの様子を
見ていたのでしょうね。城の周り半径3㎞に
約130か所の大名陣跡があるそうです。
黒田長政の名前もありますよ~




名護屋城のすぐ近くにある呼子港。有名な「呼子のイカの踊り食い」
足をはさみで切って食べるのですが、切っても切ってもまだ動いています。
コリコリと美味しいのですが、吸盤が上あごや舌に引っ付いて・・・
今回の旅行で、これと温泉が誰かさんのご要望でした。満足???






~唐津~


唐津焼と言えば、かの有名な
『中里太郎左衛門』陶房です

こちらは一般用の
販売ギャラリー



13代、人間国宝の
ギャラリーです。
すべて値段がついています。
(撮影してもよいとのことで)



江戸時代初期、藩主の命で
中里家や大島家の先祖達が
藩御用の焼き物を焼いた。
その後この地に移り、
大正年間まで使用された
とのこと・・・


『御茶盌窯跡』
(肥前陶器窯跡)
登り窯です。

『あや窯』さんです。
前の通りを歩いていたら女性の方が
「あや窯さんもいいですよ~」と
教えてくれましたのでお店をのぞかせて
いただきました。
資料館も併設されていました。



最後の最後に『唐津城』

二泊三日の駆け足旅行でしたが、私にとってはまた大きな収穫があったような気がしました。\(^o^)/
お疲れ様でした・・・。


<画像等の無断転載は、お断りいたします。ポジャギ「へばらぎ」>
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